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今日のごはん

2005/02/18よりブログ開始。ぽわんと毎日を送っている、ある人間の日記。時折、絵日記にもなります。

2024.05.17
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2011.09.19
誕生日には、高い空と涼しい風が吹くことだけがずっと楽しみだった。

何しよう、と毎年迷う。
で、休みだし、カラオケ行くかと。
いつもの店なら無料でケーキ出るし。
娘と二人、写真も撮ってもらった。ケーキもホールのを二人で食べた。
自分で選曲して、「ハピバースディ」も歌って貰った。

自由な時間も出来て、娘とカラオケに行って、
料金いくらになるかとビクビクせずに払えるぐらいのお金もある。

無いものねだりはやめような、と自分に言い聞かせて
帰宅した。
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2011.08.08
振り返れば、あっという間だった。

夢を見て、覚めて、泣いて、気付かされた。

何度か、ここにも書いたことがある。
知っている人が読んでいれば、わかる内容だったのだが、
昔の人が忘れられないと。
たとえどこにいようと、どんな人といても、好きなことに変わりないと。
まあ、相手が読んでいなければ、ただの遠吠えだったのだけど。

離婚して彼は出ていき、私は娘と一緒に暮らすことになった。
それからずっと連絡は取らなかった。
1年に1度ほど来る年賀状は娘宛だから、娘しか関心が無いのかも知れない。返事を出せるわけがない。

娘への接し方は、不思議だった。
可愛がっているように思えたこともある。実際、自分は世界一の親馬鹿になると宣言していた。その割に、よくわからないことで娘を突然叱った。
病気について書かれている本を、ただ知識の為に読んでいた娘を「お前は病気になりたいのか!」と怒鳴ったり。(娘に、意味のわかる言葉で、ゆっくりと諭せば、或いは言いたいことを理解してくれたかもしれないが、今でも娘の中では傷として残っている)

出ていってから、数年ごとに転居したらしい事は知っていた。
福岡に住んでいたこともある。それでも連絡はしてこなかった。こちらもしなかった。娘を守りたかった。

娘には、中学時代からの彼がいて、恋人同士となった。
大丈夫かなと思って、聞いてみた。
「ねえ、お母さんに恋人ができたら、どうする?」
「どうでもいい」
娘は、とても正直な人間。
自分のことで母親を縛らず、母親の意見を尊重してくれた。

堤防は決壊した。
メールを送った、「幸せですか?まだ一人ですか?」
別れても、もし死んでも、霊となって近くにいる、ずっと思い続けると宣言していた人だけど、人間は変わるから。

「私は、まだ一人でおります」
舞い上がった!
「いい友達になれますか?」と言われても、そうだよな、離婚で傷を負った同士だ。何年も離れていたんだ、ゆっくりとお互いを知っていこうなんて考えた。

お互いの近況を報告したり、励まし合った。
数日後、「1つ聞いてみたいことがあります」とメールが来た。
なんだか、予感がした。悪い?いや、喜びの。

「もし福岡へ戻り、君とよりを戻したとしたら、以前に私が君に対して行った、DVも含めて私を赦すことが出来たのか?」
不思議な文章だった。過去形なのか、現在進行形なのか。
これまでのメールに見え隠れする、女性の姿を考えながら、返答した。
「どうしても、DVだけは赦せない」と。
殺意を抱かれた恐怖を打ち消すには、それを克服した彼が必要だから。

もう一通来た。
「もし私が福岡に今でも住んでいた場合で、私にパートナーもいなかった場合は、君の理想とした私たちの関係はどういうものだったでしょうか?」
はっきりした。彼にはパートナーがいる。
じゃあ、なんで聞いてくる?
「もっとパートナーを大事にしなさい」と返事した。
反対の立場であれば、裏切りだ。
仮定の話を何度もして、彼女を裏切る可能性も匂わせて。

別れてから、初めて泣いた。
ずっと我慢していたから。
母親であり続け、ある意味父親となることを自分に背負わせてしまったから。
娘が近くにいてくれた。
「好きだった」と泣いている私の頭を撫でて、デート中に買ったという飴を「おいしいよ」と手に載せてくれた、溢れるほど。
「はい、ティッシュ。」

娘とたくさん何時間も話した。
娘は、父親のことを当時「パパ」と呼んでいたが、今では癪に触るので、「お父さん」と言っているらしい。
娘の前で、父親の悪口を言ったことはない。娘が半分に引き裂かれるような事はしたくなかった。

娘は、父親の顔を忘れかけていた。「メガネとヒゲだけ」
「手紙をくれるというなら、読むよ。手紙自体に罪はないからね。返事は書かないと思うけど。毎年の年賀状もお母さん宛にすればよかったのにね」
なんてニュートラル!

好きだった、それは本当のことだったけど
自分の中だけで純粋培養してしまった。

「私たちが大事だったら、もっと優しくしたらよかったのにね。
もしもの話をするのは、過去を引きずるタイプなんだね。
私は、あのままお父さんと暮らしていたらと考えるとイヤだな」
そうだね、あのままなら窒息していたろう、二人とも。
離婚したことは悪くなかった。
そのまま、伝えた。
もう煩わせない。今の彼女とすっかり幸せになって下さい、と。

娘から憎まれている、そこに拘った返信があった。
もう返信しないつもりだったが、終われないでいるな、と思って再度。
私たちのことは彼女と添い遂げていれば、そのうち過去の思い出となり、笑い話になるから、と。子どもでも出来れば変わるよ、と。

うーん、また来た。
「全部私の責任なんですね。心がやすらぐなら、思う存分私を憎めばいい。」彼女が難病であり、結婚も子どもも出来ないことも書かれていた。
彼女に対して失礼だろう。前の妻に教えることじゃない。じゃ、幸せにしてやれないのか?幸せは時間じゃないんだよ。

そして、愛の反対は憎むではないんだ。忘れることだ。

娘は顛末を聞いて「全然変わってないじゃん」と一言。

彼に幸せになってほしいというのが、知り合ったころからの私の願いだった。

友人が言った。
娘が自分を認めてくれないってことは「あってはならない」ことなんだろうね。
本当に認めてないのは、彼自身なんだよ。いつも、そこが彼のつまづきの原因なんだけど、それは一生理解出来ないかもしれないね。

長い長い夢だった。

覚めてよかった、さあ生きよう。


2011.02.26
「おっきい庭」引っ越しました。
とは言っても、アドレスが少し変わっただけです。

再開しますよ、と言い続けていましたが、ようやくです。
ビルダーもフォトショップも、本当に久しぶり。

トップのカウンターは元に戻ってしまいましたが
まあ心機一転ってことで、かまわんです。

これから知人にお知らせするわけですが、
取り敢えず、今日はここまで。
2011.02.06
しばらくぶりです。

infoseekさんのメールにも気がつかず、いつのまにやらサイトが無くなっておりました(泣)
サイト再開の為には少々の貯えが必要でして…。
あれこれやっている間に、はや2月!
ようやく再開の目処が立ちましたので、ご報告を。
まだもう少し時間がかかりますが、まもなくです。

娘も受験を終え、春からは高校一年生!
ほっとしました。

「ニコニコノート」なるもので、娘に面白いネタを披露しておりまして
おかげで毎日楽しいことを探すクセがついたようです。
これって、私のためにもなっております。
「薔薇を育てるところには、アザミは咲かぬものと知れ」
教訓としてではなく、実際のところ、そうかもしれません。

では、また続きに取りかかりましょう。
2010.03.16
無沙汰も、ここまで来ると病気かと思われるな。

いったい何ヶ月パソコンを開いてなかったんだろう。
600通のメールが溜まり、ブログには見たこともない宣伝がついてるし。
前回(昨年11月か)書いた職場の話、とても後味悪かった。
何でだろう。
時間かけてでてきた結果は
愚痴をおおっぴらにして、恥ずかしかったから。

誰が見ているわけじゃない、なんてごまかせない。
おてんと様は見ている。
ここで愚痴るんじゃなく、行動するべきだった。
K社員には
「これからは、思ったことをきちんと直接言います」と謝った。

まずは、そこからさ。
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おっきい人
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非公開
趣味:
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自己紹介:
高校生の頃、友人からつけてもらったニックネームをそのまま使用しています。
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